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 アシスト創業への思い

 私は社会保険労務士として、ある派遣会社の顧問をしていました。私がその会社を訪問していた時、その会社の社長が、取引企業から人材派遣の依頼を受け、その依頼をしてきた企業に「仕入れ」をしてすぐに対応します、と言ったのを聞いて大変驚きました。

その時、もし私が人材派遣会社をするならば、人を決して物扱いはせず、自分の家族が働いても安心で大丈夫か、を企業の取引の選定基準として、小さくてもよいから本当に喜んでいただける人材派遣会社を創ろうと思いました。それからは、その思いがますます強くなり、とうとう自分で派遣会社を創ることを決意しました。それからすぐに、人を「仕入れ」と言った会社の顧問はやめました。

私は創業の時に決めたことがあります。それは、「喜ぶ人を、喜ばれる企業に!」「自分の家族が働いても大丈夫な企業かどうかを取引の選定基準にする。」これがアシストの経営理念になりました。

平成9年に派遣業の許可を申請し、管理社員としては友人の苗村さん(現参与)を採用しました。アシストは平成10年2月1日、龍野職安管内第1号で派遣業の許可を取得しました。しかし、当時田舎では、人材派遣はまだ都会のものだと考えられていたため、官公庁や民間企業に必死で営業するも全く効果がなく、事務所も大砂行政労務事務所に間借りするような状態で、登録者と個別に面接する場所もまだなかったので、私の自宅や遠方の登録者は近くの喫茶店を使いました。そんなことで、周囲の人から変な目で見られたこともありました。

創業以来、幾多の苦難はありましたが、その度に、リスク管理、組織力の大切さを学び、安心して仕事に打ち込める体勢づくりをしてきました。今思えば、これらの幾多の試練は、私がこの派遣業の仕事をするにふさわしい人物かどうかを神様が試されたのだと思いました。今、私どもアシスト管理スタッフは創業の原点である「喜ぶ人を、喜ばれる企業に!」を合い言葉に、地域になくてはならない人材コンサルティング会社になるべく「親切日本一」を目指し、そして派遣社員一人一人のスキルアップのお手伝いをして、それがクライアントの繁栄につながることだと信じ、頑張っています。

 

平成27年11月2日 代表取締役 大砂 彰

 親孝行が私の原点です

私は小学校4年生の時に、土木会社のマイクロバスに轢かれて左足を複雑骨折しました。左足が治るかどうか分からないという状態だったため、両親に心配をかけました。この出来事で両親に心配をかけたので、大きくなったら親孝行をすると決めました。

 しかし、地元では自分の希望する職場がありませんでした。東京と大阪の会社から内定をいただきましたが、母はせめて姫路で働いて欲しいと言ったので、姫路の住宅会社に就職を決めました。お盆休みで実家に帰ってきたとき、母が山崎町商工会で職員を募集している、待遇も地方公務員並みと書いていると求人広告を私の枕元に置きました。当時、私は営業マンとして将来を嘱望されていましたが、歩合給が不安で転職しました。

 母は、私に近くにいて欲しかったのだと思います。母が脳梗塞で倒れ、8ヶ月間私の家で寝たきり生活をして84歳で永眠しました。父母は晩年、私の家族と一緒に国内旅行をするのが楽しみで、北陸・信州・中国・四国・九州と2〜3日の旅行を11回しました。9歳の時に決意したことが実行できたことが私の喜びです。 実家から通勤できるところで安心して働ける職場を作り、若者が地域(まち)に帰ってくることで、故郷(ふるさと)を元気にしたいと思っています。

 

平成27年11月2日 代表取締役 大砂彰